御室焼由来

ninshu_ninnaji

「御室焼」は仁和寺御用達による作陶です

ninshu_tebki_rokuro

「御室焼(正保四年1647年)」は、後陽成天皇が御室御所仁和寺庭内に開窯し庭内に、初代御用達、野々村仁清を迎えてたことに始まる。
初代御用達、野々村仁清が制作した「やきもの」を表す名称。
「御室焼」の名称は、正保五年(1648年)金森宗和によるディレクションにより仁清が制作した茶器一式で開かれた茶会にて発表されたことに始まる。
仁清の弟子が尾形乾山。乾山の兄が琳派の尾形光琳。乾山が手挽きした器に光琳が書画を描いた。
御室焼はこの三人の巨匠を創始とし日本の美術史上、燦然と輝く由来を持つ。
仁清の焼く御室焼は皇室を中心に愛され、現在、その多くが国宝・重要文化財として日本陶芸の歴史上頂点にある。
現在、その「御室焼の正統を受け継ぐ窯が、現在の仁和寺御用達仁秀」です。
御室焼は今も「自動ろくろ成形機械」を使用せず「手挽きろくろ」により成形し門外不出の釉薬を施釉して焼成する昔ながらの作陶方法を継承している。
焼成により土と釉薬が融合する事を「窯変」と呼ぶ。「窯変」は陶芸本来の自然発生の趣向であり、「窯変」なくして趣向はあり得ず仁秀はこの道のみを歩んでいます。

筆頭門跡寺院仁和寺

仁和寺は光孝天皇の勅願により仁和2年(886年)に建立に着手。同天皇が寺院の完成を見ずに翌年崩御したため、遺志を引き継いだ宇多天皇により仁和4年(888年)に落成された。
仁和寺は、仁和四年(888) の開基から皇室出身者が代々の門跡(住職)をつとめ、皇室ゆかりの門跡寺院の中でも最も格が高く京都では「御室御所」の別名でも親しまれています。

現在の仁和寺

高円宮久子 妃殿下
高円宮久子妃殿下
仁和寺総裁
仁和寺門跡 立部祐道 猊下
第50世 仁和寺門跡
立部祐道 猊下
裏千家 千玄室 大宗匠
仁和寺仁和会理事長
裏千家
千玄室 大宗匠
仁和寺は門跡寺院の筆頭として仏教各宗を統括しています。
仁和寺は真言宗御室派総本山。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇です。
現在の仁和寺仁和寺総裁は、高円宮久子妃殿下です。
現在の仁和寺門跡は立部 祐道 大僧正です。
現在の仁和寺「仁和会」の理事長は、裏千家、千玄室大宗匠です。

御室流

「華道御室流」は仁和寺一世門跡、宇多天皇を流祖とする華道です。仁和寺は家元。

世界文化遺産

仁和寺は世界遺産に認定、登録されています。

御室焼

御室焼は正保四年(1647年)、後陽成天皇が御室御所仁和寺庭内に開窯し、京焼の巨匠、野々村仁清を迎えてたことに始まる。
初代御用達が仁清。永楽和善を経て、現在の作陶の仁和寺御用達は「仁秀」。
「仁秀」の号は第43代門跡、立部瑞祐大僧正猊下より賜ったもの。